睡眠薬などの向精神薬による薬物中毒【当社 薬剤師が解説】= 市川猿之助 自殺未遂事件を受けて
向精神薬は精神疾患に用いられる治療薬で、睡眠薬や抗精神病薬、気分安定薬など様々な種類があり非常に有用な医薬品です。しかし、中枢神経系に作用するという薬理作用から残念ながら急性中毒を狙った自殺目的で用いられやすい医薬品でもあります。
そこで本記事では向精神薬と薬物中毒について当社薬剤師が解説します。
向精神薬とは
向精神薬とは、主に脳の中枢神経系に作用し、意欲や感情、思考などの精神機能に影響することも目的とした薬剤を向精神薬と呼びます。向精神薬や薬理作用によって用いられる病気が異なり、抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬、気分安定薬、睡眠薬、抗痙攣剤などに分けて使われています。
主な向精神薬の特徴
ここでは、向精神薬として用いられることの多い以下の3つについて説明します。
- 睡眠薬
- 抗精神病薬
- 抗うつ薬
睡眠薬
睡眠薬は、睡眠導入剤とも呼ばれ、主に不眠症の方に処方される薬です。GABAA受容体に作用してGABA神経系の機能を亢進することで正常の睡眠と似た中枢神経抑制状態を起こします。
化学構造によりベンゾジアゼピン系睡眠薬、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬、バルビツール酸系睡眠薬、非バルビツール酸系睡眠薬に分けられます。現在は副作用などからベンゾジアゼピン系睡眠薬、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬が主に使用されています。
【ベンゾジアゼピン系睡眠薬】
ハルシオン(トリアゾラム)、エバミール(ロルメタゼパム)、ネルボン(ニトラゼパム)、サイレース(フルニトラゼパム)、デパス(エチゾラム)など
【非ベンゾジアゼピン系睡眠薬】
マイスリー(ゾルピデム)、アモバン(ゾピクロン)、ルネスタ(エスゾピクロン)など
【バルビツール酸系睡眠薬】
フェノバルビタール(フェノバルビタール)、ラボナール(チオペンタール)など
【非バルビツール酸系睡眠薬】
ブロムワレニル尿素(ブロムワレニル尿素)など
即効性の高い効果的な薬剤ですが、短期間に耐性が形成されることや依存性があることから危険性がある薬剤でもあります。また、睡眠薬は過剰接種により薬物中毒を引き起こす為、自殺に用いられやすい薬剤の一種でもあります。また、最近ではデートレイプドラッグとして性犯罪に悪用されている例もあります。
抗精神病薬
抗精神病薬は主に統合失調などの精神病の治療に用いられます。ドパミンD2受容体を遮断することで、幻覚、妄想、不安、緊張、焦燥、興奮等の初発時における急性症状を改善します。また、急性症状のみではなく、再発予防や長期予後の改善にも効果を示します。
【主な抗精神病薬】
リスパダール(リスペリドン)、セレネース(ハロペリドール)、ジプレキサ(オランザピン)など
抗うつ薬
抗うつ薬はうつ病の治療薬として開発され、その治療に用いられる薬です。うつ病の原因と考えられている脳内の神経伝達系(セロトニン、ノルアドレナリン系)に作用することでセロトニンやノルアドレナリン、ドパミン量を調整し、うつ症状を改善します。
その化学構造、作用機序によって、三環系、四環系、SSRI、SNRI、NaSSAの5つに分類されますが、現在は副作用の少なさから、SSRIやSNRIが主に使われています。
【主な抗うつ薬】
サインバルタ(デュロキセチン)、パキシル(パロキセチン)、リフレックス(ミルタザピン)、アモキサン(アモキサピン)など
薬物中毒とは
薬物中毒には急性中毒と慢性中毒の二つがあります。
急性中毒は薬物を一度に大量の薬剤を服用することによって一気に薬剤の血中濃度が高くなり、人体に有害な症状が発生している状態です。子どもの誤飲や自殺目的での過剰摂取など原因は様々で、急性中毒になっても病院で迅速かつ適切な処置により回復することが多いですが、死亡に繋がることもあるため注意が必要です。
一方、慢性中毒は、依存性のある薬物を接種し、既に薬物依存に陥っている状態の人がさらに薬物乱用を繰り返した結果として発生する中毒状態です。このような慢性中毒の状態だと、原因薬物の使用を中止しても、出現していた症状は自然には消えず、長期間のリハビリが必要となります。
向精神薬過剰摂取による中毒症状
向精神薬の一つである睡眠薬の過剰接種による急性中毒では昏睡、呼吸抑制、血圧低下の3つの症状が最も多く見られます。そのほかにも運動失調、構語障害、口渇、嘔吐、低体温などがあり、昏睡状態の中毒患者は反射が低下し、瞳孔が小さくなっていることが多々あります。
現在、睡眠薬の第一選択であるベンゾジアゼピン系睡眠薬はアルコールとの併用により作用が増強する為、アルコールと一緒に接種することでより重篤な中毒症状が発生し、短期間の記憶喪失や幻聴、幻視が生じることがあるため注意が必要です。
薬物急性中毒の対処法は?
向精神薬の急性中毒が発生した場合、またはその疑いがある患者を発見した場合、すぐに病院での治療が必要となるため、救急車を呼びましょう。救急医療を実施している病院では急性中毒についての治療を行っており、主に以下の4つの治療が実施されます。
- 全身管理
- 中毒原因物質の特定
- 吸収の阻害
- 排泄の促進及び解毒
全身管理
全身管理とは意識、気道、呼吸、循環(脈拍及び皮膚の性状)、体温を管理し、生命の維持に努めます。この呼吸管理と循環管理が迅速に行なわれることが生存を決める上で非常に重要となります。
また、覚せい剤の中毒反応では高体温に、ベンゾジアゼピン系睡眠薬やバルビツール酸系睡眠薬などの向精神薬の中毒反応では低体温になることが特徴です。
中毒原因物質の特定
中毒原因物質の特定には薬物検査キットが用いられます。中毒患者の尿を検査キットに滴下することで中毒の原因となる可能性がある覚せい剤やコカイン、大麻、ベンゾジアゼピン系睡眠薬やバルビツール酸系睡眠薬などが簡単に確認できます。原因が特定されることで迅速な”吸収の阻害”と”排泄の促進及び解毒”が可能となります。
吸収の阻害
吸収の阻害は、胃洗浄や全腸洗浄などの消化管を洗い流すことで体内に新たな薬物が吸収されることを阻害します。また、活性炭が薬物などを吸着する性質をもつため、活性炭の投与によっても吸収を阻害します。
排泄の促進及び解毒
排泄の促進及び解毒は尿のアルカリ化、活性炭の繰り返し投与によって吸収してしまった薬物の体外への排泄を促進します。そして原因物質が特定できている場合は、有効な拮抗薬による解毒を行ないます。ベンゾジアゼピン系睡眠薬の急性中毒ではフルマゼニル、シアン化合物の場合はチオ硫酸ナトリウム、有機リン系農薬の場合はヨウ化プラリドキシムなど原因物質によって解毒薬の選択は変わってきます。
中毒原因物質の特定に用いられる薬物検査キットは薬物乱用防止のための抜き打ち検査としても用いられます。現在多くのスポーツチームや芸能事務所等でも薬物汚染防止プログラムの一環として用いられています。
どのように中毒原因物質は特定されるのか?
最終的な中毒原因物質の特定をするにはガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)や液体クロマトグラフィー質量分析(LC-MS)などの法医学分野での機器分析によって特定する必要があります。
参考
https://dapc.or.jp/kiso/28_psychotropic.html https://www.pref.saitama.lg.jp/a0707/dame-zettai/psychoactive-drug.html https://sugiura-kokoro.com/clinic/yakubutsu-ryouhou02.html抗うつ薬https://www.mhlw.go.jp/topics/2007/12/dl/tp1219-2h_0003.pdf http://jsct-web.umin.jp/shiryou/archive2/no10/ https://pha.medicalonline.jp/img/cat_desc/MOc_table1.html