交通事故鑑定-事例集 (3)
歩行者死亡事故
事故概要
片側一車線の国道で、横断歩道のない場所を横断した配送トラック運転手(以下、歩行者)が東から進行 してきた自動車(以下、車両)に跳ねられ重傷を負った交通事故。
争 点
車両の運転手は警察の調べに対して、道路南側の商店(建物)の影から歩行者が急に出てきたため衝突を回避できなかったと供述。それに対して歩行者は、トラックを停めて反対側の商店に向かうため、道路を北から南に横断している途中で車両に跳ねられたと主張。
自動車の運転手の主張
歩行者の主張
依頼内容
依頼者:車両運転手の弁護士
歩行者がどちら側から横断しているところで事故に遭ったのか明らかにしたい。
補足:この事故は、歩行者が南から北へ横断する途中の事故であった場合、車両の運転手は商店の影から 飛び出してきた歩行者を事故の回避をすることもできず跳ねてしまったという考え方になるため、歩行者の過失も大きくなる。
しかし、歩行者が北から南へ横断している途中の事故であった場合、車両の運転手からは歩行者の存在を覚知できるだけの視界があり、前方を注視していれば十分に事故回避が可能で あったとの考え方になるため、車両運転手の過失が大きくなるのである。
警察調べ
現場に駆け付けた警察官の調べによると、車両は進行方向の反対車線で停車し、歩行者は車両の左脇に倒れていたことが確認された。また、警察官が商店の人から話を聞くと、歩行者が店を訪れた後に事故が発生したとのことであった。
警察による実況見分
疑問点
1. 商店の人は、歩行者が店を訪れた後の事故であったと話していることから、商店のある南から北へ横 断する途中に事故が発生したと考えるのが普通である。しかし、そうでないならば、一旦は北側へ横断したものの、別の用事を思い出したなどの理由で、もう一度商店のある南側に横断しようとしたところで事故に遭ってしまったということになる。
2.事故後の状況を見ると、車両は衝突位置から右方向に進んだところで停止している。一般的なドライバーは、左側から急に人が飛び出してきたら衝突回避のため出嗟に右へハンドルを切ると思われるため衝突後の状況に矛盾しないが、もし、歩行者が右側から出てきたのであれば、この運転手は歩行者の方向に目掛けて右にハンドルを切ったことになる。
事故の真相と歩行者側の弁護士
ここまで読まれた方は既にお分かりと思うが、この事故は歩行者が商店の影から飛び出して南から北へ横断しようとしたところで事故に遭ってしまったというのが真相である。
しかし、歩行者側の弁護士は、ある交通事故鑑定人が作成した「歩行者は北から南へ横断中に事故に遭った」という内容の鑑定書を法廷に提出してきたのである。
真実はひとつであり、鑑定人は常に公正中立でなければならない。
たとえ鑑定結果が依頼者にとって不都合な真実であったとしても、その不都合な真実を依頼者に報告することが鑑定人の職責であり、鑑定人は決して真実を歪めるようなことがあってはならないのだ。
鑑定実施
実況見分調書などから車両の破損状況や路面状況を分析し、医療記録から歩行者の受傷状況を精査。これらの分析データをもとに、コンピュータ・シミュレーションによる事故発生状況の再現を行った。
路面状況
車両の破損状況
医療記録
事故発生状況のシミュレーション1
歩行者が南から北へ横断した時の衝突シミュレーション
歩行者が南から北へ横断した時の歩行者転倒位置シミュレーション
事故発生状況のシミュレーション2
歩行者が北から南へ横断した時の衝突シミュレーション
歩行者が北から南へ横断した時の歩行者転倒位置シミュレーション
鑑定結果
車両の破損状況、路面状況、事故後の停止位置、歩行者の受傷状況、事故後の転倒位置などの情報を基に衝突シミュレーションを行った結果、歩行者が商店のある南から北へ横断中に衝突した場合、車両の停止位置と歩行者の転倒位置が矛盾なく一致し、歩行者が北から商店のある南へ横断中に衝突した場合は、歩行者の転倒位置に矛盾が生じ、事故状況が整合しないことが明らかになった。
つまり、車両運転手が供述した事故状況が正しい証明された。この鑑定結果が裁判で採用され、歩行者にも一定の過失があるものと判断されるに至った。
※本事例は実際の当社交通事故鑑定より構成しておりますが、個人のプライバシーなどに配慮し、一部 内容を変更しております。あらかじめご了承ください。
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