精液からの個人識別
シミのようなその瘢痕がヒトの精液であると判定されると、その付着部位から個人識別の検査を行います。
法医学検査=血液型、DNA鑑定により個人識別も可能になります。
精液からの個人識別① 性別の識別
ヒトのDNAには、性別に係わる「X」および「Y」という染色体があり、女性は「X、X」、男性は「X、Y」です。 この染色体を検査すれば、性別の判定が可能です。
検査は、リアルタイムPCRシステムとヒト・トータル・プラーマーとY染色体プライマーを用いた検査を行います。
現在、用いられている検査の検出限界量は、わずか6 pg/µLヒトの一つの細胞は3 pgですから2つの細胞採取で判定が可能になります。
例えば、薄手の布帛地に付着した精液斑痕には1cm 四方に 1,500~3,000 ng の精子細胞が存在しています。つまり、微細な試料からもDNA測定する事が可能になります。
リアルタイムPCRの試験結果
右が検体、ヒト及びY染色体ともに増幅しているので男性の斑痕と推定された。
精液からの個人識別 ②DNA型鑑定編
DNA型鑑定は精液中の精子DNAから検査します。じつは、この精子DNA、強力なバリアーを持っています。そもそも、ヒトの遺伝情報を持った有核細胞が、体外に単体で出て、活動しなければなりません。
ですから、体外に出た瞬間に、消滅または変性してしまわないように、化学的な障壁を備えています。それが、スペルミンと呼ばれるタンパク質です。病原体などに対する強力な化学的防御壁となっています。
混合斑痕から、女性と男性のDNAを識別する
単独の精液であれば問題にはなりませんが、犯罪などの現場では精液と膣液が混ざった混合斑痕がほとんどになります。膣液本体にはDNAが含まれていませんが、女性の上皮細胞が剥がれ落ち、その上皮細胞には女性のDNAが含まれています。
また、上記で書いたように、鎧をまとった精子DNAであることから、科学捜査において有利な条件が揃っています。
そこで、DNA抽出方法を簡単に説明いたします。
混合斑痕は、1検体を2つに分け、2回のDNA検査を行います。
まず、混合斑痕を洗浄後、風乾させサンプルチューブへ入れます。そこに、組織溶解緩衝液と蛋白質分解酵素を加え、56℃の蛋白分解酵素処理を行ないます。酵素処理を行なったチューブを高速遠心し、上精をピペットで吸い上げます。吸い上げられた溶液を、別のチューブへ移します。
これが女性のDNAを含む上皮細胞由来のDNAです。そしてこのDNAを精製します。
残されたチューブの底には、余剰物質とともに、精子細胞がペレットの状態になっています。ですから、再度洗浄処理を行います。
洗浄が終わった精子細胞が入ったチューブに組織溶解緩衝液と蛋白質分解酵素そして、DTT(Dithiothreitol:ジチオトレイトール)を投入します。
このDTTは、鉄壁スペルミンを溶解します。そして、56℃の蛋白分解酵素処理を行ないます。
これで、精子に由来するDNAが抽出されました。そしてこのDNAを精製します。
一つの検体から女性のDNAと男性のDNAを分ける事が出来ました。
その後2名分の、定量 → PCR増幅 → シーケンス測定 → DNA型の判定を行います。
2名分のDNA型が判定されたことで、決定的な証拠となりました。
男性だけのDNA型を判定する
たとえば、犯罪に関与する資料の多くは、体液や組織の複雑な混合物です。
ほとんどの犯罪においてDNAの証拠が大きく役に立っています。特に犯罪に於いて加害者として男性が関わってくる場合はY染色体のDNA鑑定が大変有用です。というのもY染色体のDNA鑑定は、男性のみを調べるように考案されているからです。
大量の女性DNAに混ざって、微量の男性DNAが存在するといった証拠では、常染色体(STR型)の鑑定を行っても限界がありますが、男性のみに存在するY染色体を用いれば、判定可能な結果が得られることもあります。
複数人が関わるの斑痕の場合でも、常染色体STR混合物の解析が非常に複雑なので、Y染色体で解析する方が簡単です。
そこで、男性だけに由来するY染色体中のDNAを調べます。
Y-STR検査に用いられる試薬の一つが
AmpFLSTR® Yfiler® PCR Amplification Kit です。
17種類のY-STRローカスを1回のPCR反応で増幅することで市販Y-STRキット中で最高の識別能力を発揮します。
そのため、世界中の警察研究所に配備されている試薬です。
DNA型-Y染色体検査の実例
友人の医師から相談に乗ってもらいたいと紹介を受けたA氏相手の不貞を理由に家事裁判中とのことでした。
不貞の証拠について相談を受けたので、相手の下着を持ってくるよう進言しました。そして、大量の女性のDNAに混ざった中から、微量の男性DNAの特定に成功させました。
その後、検体から特定した男性DNA型とA氏のDNA型異同識別を実施。その結果は否定すなわち、検体資料の男性とA氏とは別人であると判定しました。